坪井香譲の文武随想録

時に武術や身体の実践技法に触れ、時に文学や瞑想の思想に触れる。身体の運動や形や力と、詩の微妙な呼吸を対応させる。言葉と想像力と宇宙と体の絶妙な呼応を文と武で追求。本名、繁幸。<たま・スペース>マスター

続・「コロナと人間の知」(1)

「詩」の働きとは?

 黒田官兵衛 牢で藤を見る

 前編で触れた、玉城康四郎先生の「全人格的思惟」そのものを、私がここで自己流に解説するよりも、もしできれば玉城著『新しい仏教の探究 ーダンマに生きるー』大蔵出版社刊や『仏道探究』春秋社刊等を読んでいただけたらと思う。いずれも最晩年の著書で、一般向きに噛みくだいて表現されています。先生は、よくNHKのTVやラジオの番組にも出て、微笑みに満ちたその雰囲気もあってファンも多かったのです。本格的な学者でありながら、常に、いわば「詩人」的な雰囲気を発しておられた。私も参じた先生の私的な塾のような会では、仏典をテキストにしたが、時には、高見順(1907~1965)の詩集がテキストになったこともあります。

 けれど、大体、仏典そのものも、その最も大切な肝どころは、詩のようにリズミカルな句として表されています。これを「偈 ー ゲ」といいます。そもそもブッダが解脱 ーサトリー に到ったその時の様子もウダーナ(感興詩)として残されています。玉城先生によると、ウダーナとは、元々上を向いて息をフーッと吹き上げることで、感極まって言葉になった詩ということです。

 道元の『正法眼蔵』も漢文にとらわれずに美しい詩的とさえ思える和語にあふれているし、空海も詩と書の達人でした。

 これは、たとえば聖書にも通じます。旧約聖書も長い『詩篇』があり『雅歌』のような愛の歌もある。新約では、キリストの言説が、きわめて凝縮して、詩としか言えないような麗しい緊迫した句として度々出てきます。たとえば「野の百合を見よ。ソロモンの栄華の極みの時だにも、その状はこの一つの花にも及ばざりき」等、その多くは一種の逆説を孕んで迫ってきます。

 玉城先生が終始詩(人)的な雰囲気を纏っていたよう印象づけられていたのは、学究のみでなく、毎日何十年も瞑想 ー 禅定(といっても禅宗のそれに限らない)を欠かさず実行しておられたこともあったのではと私は思っております。(注※)

(※)私が探究し続けていた身体技法や武道にも興味を示され、時には私がビデオをお見せして感想を述べられたり、とても深い理解を示されたりしたこともあります。あることで、それ(私がそのアイデアを述べたある技法)は「レヴィ・ストロース」が発想して述べたところに近い、と言われたこともありました。

 

 ここで、やや唐突だが、我が国の軍師として最も有名な一人、黒田官兵衛(1546~1604)の例を出します。

 彼は後に「如水」と号し、徳川の世に大大名の祖となりました。

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                黒田官兵衛福岡市博物館所蔵)

 若いころ友人の荒木村重という武将が織田信長に反旗を翻したため、説得して思い止まらせようとして、今の伊丹にあった村重の居城に乗り込みます。けれど返って捕らえられ、ごく狭い牢に幽閉されて約一年間を過ごす羽目になりました。


 先日NHKの TVの歴史番組でその牢が再現されていました。半ば洞窟のように見えるそれは一畳にも満たぬ広さで、寝る時は足も伸ばせない。天井の高さも首をかなりすくめてようやく立てるくらい。このじめついた、劣悪な中で食事も、大小便の用も足す。遂に足をひどく病んで、官兵衛はその後出獄しても死ぬ迄跛行することになってしまいました。

 但し、一つ大きな救いがありました。

 それは、壁にほんの小さく穿たれた窓があり、そこから外に植わっていた藤の木が覗けたのでした。

 自分の部下に助け出される迄の約一年間に、芽吹き、緑となり、やがて鮮やかな色を見せて垂れた房。藤と相対することで、官兵衛は正気を保てた、というのです。そして、比較的間もなく、以前にも増した大活躍をすることになりました。秀吉が本能寺の変の際にあっという間に中国から引き返し、明智を撃破し豊臣の天下になるきっかけとなったその「中国大返し」は官兵衛が計画し指揮した、と言われます。

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 やがて福岡の大大名となった黒田家は、藤の花のデザインしたものを家紋として使い続けました。これは黒田家の当初の主家が用いていて、藤の花にまつわる紋を賜っていたのを義理堅く忘れずに用い続けたのだ、という説もあります。いずれにせよ、命懸けの入牢の際の藤との出会いの想い出がそこにかけ合わさってとらえられていたことでしょう。

 古来、囚われの身となって、劣悪な施設や独房に長く幽閉される者達の物語は絶えません。フィクション、ノンフィクションに限らない。犯罪者、戦争による捕虜、政治犯、政争などの陰謀による場合など、いずれも、自由を抑制された存在が、多くの場合、明日をも知れぬ命懸けの生を強いられ、様々考え、工夫(脱出など)します。小説や映画に忘れられない名作も多い。

 そもような囚われの人たちの前に、時に登場するのが、小さな生き物たちです。いつか、窓からか、何かの隙間からかやってきて、死刑囚の掌で餌をついばむようになった小鳥や鼠、時には虫でさえ。そして窓からのぞける草花や木などです。それらは自然、宇宙、天、大地からやってくる自由の使者であるかのようです。ー (この項 続く)