坪井香譲の文武随想録

時に武術や身体の実践技法に触れ、時に文学や瞑想の思想に触れる。身体の運動や形や力と、詩の微妙な呼吸を対応させる。言葉と想像力と宇宙と体の絶妙な呼応を文と武で追求。本名、繁幸。<たま・スペース>マスター

やわらを入れる(第二部) 『もうひとつのからだへ』(新著予定タイトル)

 今回から何度か、私の予定の著書(本来は2013年秋刊行が、出版社(K社)の都合で取り止めになったもの)の中から抜粋して載せてゆきます。予定の著書とは内容も順序も少し異なることになると思いますが、よろしく。

 なお、最後の写真、動画はきわめて意味の大きな〈新発見〉と私は思っている「うず玉―太極球、円球」の技法です。(身体養成、武道、身心開発、瞑想等に活かす。)


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 【 円相が呼吸する 】の章


 村上春樹1Q84』とダンテ『神曲


 村上春樹の代表的な長編小説の一つ『1Q84』の中に、身体についての面白い、そして大切な英知がそれと思わせずに出てくる。
 この小説の筋は単純でもない。主人公の若い男女が、当初は各々が別個に込み入った苦境に陥る。プロの殺し屋になったり、得体の知れぬ宗教団体やコミューンの怪し気なメンバーに命を付け狙われたり、いつも家族との問題が絡んだり、出口の見えない、次元が錯綜して袋小路に入って彷徨い、あがく。そして、その過程で、物語がターニングポイントを迎えそうになるたびに、空を見上げると、昼でも、月が二つ― 一つでなく ―浮かんでいる。主人公等の運命の曲がり角ごとに月が二つ。あたかも、世界、宇宙が奇妙に薄く分裂でもしているような…。これが効果的で読む方も何となく不安にさせられるのである。
 そして、長い入り組んだ蔦のような話しの筋道がようやく解かれ、どうしても互いに出会えなかった二人が遂に出会え、将来が見え始めようとしたその場面で、空には月が〈一つ〉になって懸かっている。
 これは、たとえば蕪村の有名な句、
  月天心 貧しき町を 通りけり
を思い出させる。様々な矛盾に埋もれるかのような巷の人々も、天高くに月が照らしてゆく。その月を通しての統一〈ユニティ〉の感覚、つまり世界と自分がどこかつながっているという感覚 ― これは月の円相がそれ自らの円の〈中心〉へと柔らかく、見る人の心を誘うものがあるからではないだろうか。私がこういう連想を誘われるように思うのは、村上春樹がこの長編を書くに当って、ユング(1875~1961)の心理学を研究し、他の場面でもそれを用いていることがあるのを知っているせいかも知れない。ユングは精神を病む患者が、しきりに円輪を書いたり、中心をもつ図形を描いたり夢に見たりするのを知って、これを仏教などのマンダラと連関させて研究した。マンダラには中心をもつ円輪などが多いが、精神のバランスを失いそうな患者はそれに似た図形を描いて、心の釣り合いをとろうとする。実際にはもっと複雑で、この療法がやがて立体的になって「箱庭療法」として行なわれたりもしている。
1Q84』の分裂した月が一つに統一したのも、蕪村の月も、このマンダラとその中心を思わせるのである。

 円相は西欧の文学、思想の古典中の古典であるダンテの『神曲』でも重要な役割をしている。
 自ら主人公として登場するダンテは、地獄、煉獄(地獄と天国の中間界)を経巡って遂に天国の窮極に到り、そこで無数の天使たちがその中に飛翔している大円輪に出会う。無限の可能性の光輪。これ以上の世界は言語で表現できぬ、と語られる。ハルキとダンテ、二つの彷徨の物語は共に円相に収束している。


*1


 こうした例を挙げると、円相は一般に文学や詩や芸術の象徴や比喩として用いられるとしか思われかねない。けれど、私が強調したいのは、円や丸などの、一見象徴としてとらえられる形は、はっきりと私たちの身体にも働きかけ得る、ということである。それは体の活動のリズム、柔軟さ、集中とリラックス等を変容させ得る。
 次のような、想像力と体のちょっとした実験で、それが納得できよう。



〈ボディ・テスト・ゲーム〉 円を想い描くだけで体を柔軟にする⑴
①まず〈自然体〉で立つ。足巾は肩巾より少し大きめに。
②次に、そのまま、体の柔軟性をチェックするために、前屈して、両手を床につけてみる。どのくらい曲がるか、しっかり曲げることができるにしても、どのくらい容易に、あるいはどのくらい努力して手が床につくのか…。柔らかい人でもそれなりに、自らの感覚を覚えておく。このチェックは一度だけでよい。
③次に、自分の足元から前方の床に円を想い描く。その直径は自分の身長くらいでよい(想い描く手助けに手を用いて、指先の延長が見えない筆先であるかのように見立てて描いてもよい。これは、想像力による遊びである)。

*2
④床に想定した円の中心辺りに両足を進めて立つ。 二、三秒そのまま。
⑤②と同じチェックをしてみる。
 さて、⑤では②と同じことをしているのに前より体が柔軟になって容易に曲がるはずである。


 ベルギーのブリュッセルに住む演出家のエマニュエル・ボンナー氏は、通常の演劇人としての仕事の他に、市の事業の一貫として、ダウン症の人達(成人)に演劇療法を行なっている。
 そのレッスンの一つに簡単なリズムを用いて身心をほどき、整えてゆく試みがある。「一、二、三」の三拍子や「一、二、三、四」の四拍子を搏って刻んだりして誘導するのだが、参加者は、それだけで反射的に身を硬くしてしまうことが多い。私の講習のレッスンで、円相の働きを知ったエマニュエルさんは、右に紹介した〈円を想い描くだけで体を柔軟にする〉をさせて、各々の前の床に描いた円の中心に立ったままリズムを刻むように仕向けたところ、それまでとは比較にならない程うまくいったという。

*3


 実は、私たちは通常、図のように、立ったまま、自らを円相で囲むことをしている。そうすると、それだけでも、身心はゆったりとし、呼吸も深くなっているのである。

*4


 自らの側面がこの円の面で分けられている感じである。もし想像できるなら、円はどんなに大きくてもよい。床(地面)の遥か下で円は完結している。ときには地球の下方の〈天〉で円は完結している。そのように想像する。


                        ( 続く )



    この里に 手毬つきつつ 子供らと
    遊ぶ春日は 暮れずともよし   — 良寛




うず玉の舞@オーストラリア ウィーリーワ湖畔(キャンベラ近郊)




Kajo Tsuboi.uzutama(1~2 balls)




Kiryuho.uzutama(group with many balls)

*1:神曲』より天国のダンテとベアトリーチェ

*2:イラストレーション:竹内啓

*3:エマニュエル・ボンナー氏の演劇療法より

*4:イラストレーション:竹内啓