坪井香譲の文武随想録

時に武術や身体の実践技法に触れ、時に文学や瞑想の思想に触れる。身体の運動や形や力と、詩の微妙な呼吸を対応させる。言葉と想像力と宇宙と体の絶妙な呼応を文と武で追求。本名、繁幸。<たま・スペース>マスター

〈やわら〉を入れるー共感の力へ《10》

直立二足歩行という〈根源〉へ

 「いま、私たちが当面しなければならない課題は、人類が〈地球〉上へ出現した当初までさかのぼらなければ目処がつかないほどきわめて根源的なもの(もの事→坪井註)を、皮相的なものを通して窺い知るということである。」……これは、私と交流のあった音楽評論家であった、故 間 章氏の一文である。私はこれを旧著『気の身体術』(工作舎刊)に引用して、彼の言わんとする発想で人間が人間として存在する原点となった、直立二足歩行の意義を色々な角度から解こうとしていた。
 ちなみに、間 章氏はトランペットの近藤等則氏や、パーカッションの土取利行氏、サクソフォンの故 高木元輝氏等の仲間、先輩として、海外からはデレク・ベイリー、ミルフォード・グレイブスといった音楽家を招いてパルコ劇場等でコンサートを開いたりして、先鋭的な音楽活動をリードしていたが、1978年冬、32歳で夭折した。


向って右から二人目(サングラス)が間氏、中央筆者、左から二人目が土取氏

 死後、30年以上たってからも小説家の五木寛之氏が、彼と親しかったサクソフォンの故 阿部薫氏について雑誌に書いたり、また、間氏の関係者や仲間等にインタヴューして、本格的な長編記録映画が作られたりしている。彼が、今のテロの時代の到来をまるで予告するかのように語っていたことも思い起こす。そんな恐るべきといってよい程の鋭利な才能のある人物だったのだが、彼が体を壊して倒れたその時、私が身体技法を指導していた若い音楽家達が三人程も、たまたまその場にいて、家に居た私に電話で緊急の手当の仕方を尋ねてきたので、応えたのだった。けれど、その甲斐もなく間氏はあまりに若くしてあの世に旅立ったのである。


 さて私は前著で、間氏のような思い切った発想で、人間活動の原点を探ろうとしていた。しかも、私は身体技法の実践家、武道家そして身体の文法の提唱者であり、その立場から身体の動きの実感を基本にしてである。
 人としての原点、直立二足歩行の意義を解明することで、私たち人間は、その存在(イノチ)も身心活動も、その意義が明らかになり、その行なうことも、遥かに自由に創造的に充実したものになるのでは、と感じたからである。
 そして、まず主として生物学者の香原志勢氏の『人類生物学』等を参照して、拙著に、人が直立して生じたことを、次のように列記している。
 大地から解放された手と手指の自由、親指と他の指との関係の変化。それによって道具を用い、火を扱えるようになる。身振りが豊かになり、コミュニケーションが発達。肩甲骨や鎖骨の独特な発達。視野の拡大。脊椎が立ち、重心が変化し、背骨が独自のS字状カーブを描く。下肢は上半身のすべてを支えるので強くなり、足の形も変化した。内臓の位置が90°回転し、それを支えて骨盤が大きくなり、大腿筋や臀部の筋肉が発達した。尾骨は退化し、胸部は扁平化した。その他、歯牙の縮小、体幹に対する頭部の90°の可動性。顔面と表情の変化…。
 ここで、前著で述べられなかった、他の研究書等から重要と思われるものをそれに加えて挙げると、直立二足歩行によって、他の四つ足動物 ― つまり哺乳類と異なるのは、歩行のリズムと呼吸のリズムの一致がなくてもよくなったこと。つまり呼吸が四肢のリズムから自由になった。それによってより自由な発声と言語が可能になることにつながる。多分、手の微妙な運動の自由にもかかわるだろう。次に頭脳に血流がいってそこの温度が上がりすぎようとするのを、静脈網の発達や汗腺が増える等して一種の冷却装置が働くようになったことも無視できない。これらは主として、人の言語活動や思考そして手や指の運動と関係しているといえるだろう。
 もう一つ注目されるのは、骨盤の形が平べったく変化したと香原氏も述べているのに関係するが、これで他の哺乳類や類人猿とも異なって産道が狭くなり、出産が難作業になったという。そこで、その影響から〈協力〉ということが必要になり、それが社会の萌芽にもなる、というのである。
 しかし、私はそのような学術的な観察をアマチュアとしてざっと見つつも、間 章氏のような発想に基づいて、とても大切な、人間の直立二足歩行による、人間の存在の〈かたち〉の意義を提示したいのである。それは少なくともこれまでのところは、一般的に言う学問の舞台には載りにくい発想で、私のように身体技法や武道の世界に常日頃触れて探究してきたからこそ提示できることである。
 実は今年(2012年)になって、その極めて大切で、これまで見逃されてきたと思われる直立の意義を発見し、様々な実感、体得法を展開している。人間の意識のあり方の研究の歴史では、西欧の哲学、つまり人間観に革命をもたらしたニーチェの著『ツァラトゥストラはかく語りき』にもつながり、そこから具体的、実践的な意味で進展してゆく道でもあると思っている。しかもそれは合気道や伝統的な瞑想法、諸宗教の修行法、舞踊、そしてそれらを工夫して統合して編み出された気流法等、様々な実践法ともかかわっている。けれどそのことに触れる前に『気の身体術』で触れた、これも、知る限りでは私独自の発想からくる観察を踏まえていただくと、その発見の意義もとらえやすくなると思われるので、まず、それもここで紹介し直したい。


獣の〈下〉は人間の〈前〉

 それはこのようなイラストで示される。

 この図で私が最も強調したいのが、哺乳類など獣(猿類も含んで)の〈下〉が人間の〈前〉にあたるということなのである。
 およそ獣の下とはその腹と地面の間、胸の下の側である。個体にとっては〈内〉側である。いわば〈懐〉である。
 外のぎらつく太陽の光や風雨をさえぎり、腹と床(大地)の間にできる場所を巣として、大切な子を置く。敵からもなるべく見えないように、攻撃されぬようにする。
 そこは手足が行き届いてコントロールしやすい。
 ところが人は立ち上がったため、〈内〉は〈前〉となってしまったのだ。それは前へと拡散し際限もないひろがりとなってしまう。
 もちろん直立二足歩行を身につけた人も再び、時に応じて伏せたり、身を縮めたりして、擬似的に〈内〉や〈懐〉をそこに設定することもある。
 けれど、それは決して永く続くものではない。人は、半ば伏せて(側臥して)一時的に赤児を抱いて温めて乳をやったりしたり、性愛の時に抱き合う姿勢をとって〈内〉の空間を作ったとしても、基本的には休息や眠り以外は直立するか背骨を立てて生きることが求められるので、懐や巣や内や家のような安全、安心には欠ける。そこで人は、住家を造って住むことになった。(そういう技術も、直立二足歩行が原点になった〈進化〉が可能にしたが。)
 今、触れたように、それまで自己の〈懐〉として温めたり、手足の届くはずの空間が、果てしなく拡がったため、そこを、どう制御するか、どう温めるか、どう把握したらよいか、安全にするか…。
 手の届くところは限られている。もちろん前進して行って手でコントロールすることはできるが、懐のように素早く近づいて処理する自由はない。
 私は、このように果てしない程拡がってしまった前方の空間を、本来の〈手〉が届き、温かい〈内〉〈懐〉にしようとするのが人間の特性だと想像してみる。
 時に敵の潜んでいるかもしれない、未知で不気味なひろがり。しかし、またそこは魅力的な木の実や己が生命を養う美味な獲物が期待できる場でもある。いずれにしてもそこは容易く接近して手を出すことのできない、しかし時には必ずそこに接近して手を付けなければならない、剣呑な混沌の場である。そこと人間がかかわるのにこそ、すでに述べたように直立によって人間に拓かれたとされる特性 ー それは一般にも認められている ー がものを言い出す。つまり、言葉と道具である。己の前にした混沌的な場と、場にある物象を言葉によって名付けて、関係の筋道をつける。意識の上にのぼらせる。届かぬ場所に届かせる棒などに始まる道具なども、直立して拡がった〈前〉の空間を、元々の〈懐〉のようにするために、つまり、そこと親和し、自らと関係づけるために生じたのだと言えるだろう。
 このあたり、間 章氏の一文の主旨に則って述べてきたのである。また武道という戦闘的な、対立の技術に取り組んできた発想も入っているだろう。
 ここまでは前説である。
 このような空間との新たな係わりによって、人は、直立二足歩行によって技術や言語のことも含んで、ある非常に大切な性質を得たのである。それは技術や言語そのものにも勝るとも劣らない重要なことだった。これまで盲点のようになって触れられたことがないが、むしろ言語と意識、道具のその原点になると思われることである。人間の直立二足歩行を原点とすると、その原点の原点と強調してもよいことである。
 ニーチェは『ツァラトゥストラはかく語りき』で、人の直立と意識の関係について述べている。その関係に含まれているエッセンスである。私は身体技法に取り組むプロセスでそのことにごく最近気付いたのである。
 直立によって人は重力とのかかわりあいを獣とは決定的に変えた、とされるが、実はその変革の中に、見逃された、とても大切な要素が入っていたのである。

 そのキー・ワードだけアトランダムに挙げて次回に臨もう。
 空間 バランス 重力 直立 脱中心 エクスタシー 肩甲骨 不安 理性 天使 菩薩 デカルト 意識 浮身 天の浮橋 翼 …等々である。(つづく)


平成二十四年五月一日