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本来の「文武随想録」の続きを載せる前に、もう一度「緊急寸言」を出します。感じていることを、今、発表した方が意味があると思うので…。
地震と津波発生から約二十日間、今もはっきりと解決の目処のたたない原発の事件は、もしかしたら、今以上に国民の多くを、困難な状況に陥らせるかもしれない。杞憂に終わってほしいのだが。
もちろん、特に原発の方は、人間の方の配慮のなさを露呈している。この責任は問われるべきだ。けれど、これをただ人災とだけするなら、問題の構図が隠されてしまう。それならもっと利口に技術をうまく用いて自然やモノをコントロールすればよい、ということになってしまうのだ。果たしてそうか? 人と自然、モノとの関わりをもっと根源的に見る必要があるのだ。
私たちが恵みを受け、安らい、エネルギーを引き出している、海、大地、物質…こうしたモノたちが突如牙を剥き出し、猛毒を吐き出したかのようにさえ思える。
地質学や力学など、古典物理学的な網でとらえられるモノと、現代物理学によってようやく露わになり、使用され続けるモノ。マクロ的とミクロ的。どちらにせよ物・モノがその恐るべき相を見せて襲いかかり、今さらながら私たちは戦慄している。
生命の産み出された美しい海も、みずみずしい緑を育む悠久の大地も、怖るべき破壊の相を含んでいる「荒神」でもある。仏教では無常と言ってきたが、今では無常は何となく一般に飼いならされた平板な言葉に聞こえかねない。予定調和的な音調をもちすぎてしまっている。もちろんそんなことはないのだが。
我国の著名な詩人のT氏は、この状況に因んでの新しい詩の中で、インド神話の宇宙破壊の神シヴァの妻の女神に触れた、と私に話してくれた。詩の内容はまだ知らないが、私なりに思ったことがある。
私は、少年、青年時代一人でいつも朗読していた詩がある。十九世紀の終り、はじめてインド思想を欧米で説いて、大きな影響を与えた、ヴィヴェーカナンダという僧がベンガル地方に伝わる宗教歌から訳したものの一つである。後に『ジャン・クリストフ』の作者ロマン・ロランが、その師のラーマクリシュナやマハトマ・ガンジーのそれと共に彼の伝記を記した。
通常人前で朗読するにはあまりに強烈すぎるだろう。けれどインド神話の発想に、古代からこのような世界観があったことを感じ、知ることは、今、この時にこそ意義を感じられるのではないだろうか。決して一見そう感じられる絶望やニヒリズムがそこにあるのではない。外面の凄まじい底なしの破壊を透過して、再生、回復、生成、創造がなされてゆく、そのような兆しと芽がこの詩から汲まれる筈なのだ。想いを遥か遠くへ及ぼして、耳を深く澄ましてゆけば……深く…。
聖母カーリー( KALI THE MOTHER )
星はかくれ、
雲は群がり
闇は震え鳴りはためく。
どよめき渦巻く旋風は、
いく百万の狂える霊の
いま牢獄より放たれしごと ─
なべてのものを吹き払う。
この擾乱に海は加わり、
山なす波はまき上がり、
漆黒の闇の空をつかむ。
四方を照らし、
喜び狂い踊りつつ、
災禍と悲哀をふりまきて
みにくき黒きいく千の
「死」の幻影をあらわにす
来れ「母」よ 来れかし
「恐怖」は「おんみ」の名前なれば
「死」は「おんみ」の息にあり
おんみのわななく足どりは
つねに世界を打ち砕く。
おんみ「時」よ、「万物の破壊者」!
来れ、おお、「母」よ来れ!
悲惨を愛し、
「死」の影を抱き、
「破壊」の踊りを踊るもの、
彼のもとに「母」は来る。
なじみにくいかもしれないので蛇足を加えると、カーリーとは我国には仏教の神の一つとして渡来した鬼子母神だろう。だがその元々の相がこの女神である。ここにあるのは私たちにおなじみの「無常」の劇的な、インド的展開なのである。我国では古事記のスサノオに似ているだろうか。
また、これは、古代から自然を観、天災に遭ったインド大陸の人々のヴィジョンである。恵みと災厄の源の自然への畏れである。
どうにもならぬ宿命を運命として受容して強く生きようとする人々の祈りであり、覚悟であり、それが信仰の形をとっている。カーリー神は仏教の慈悲のあらわれ、観音菩薩になったという説もある。
「時」のヴェール ─ そこに生も死もある ─ を抜けてゆくプロセス。私たちの心に本来あるそのような力と働きをこの詩によって汲みたいのだ! 現代の世界観、物質観、文明観にこそ、このようなVISIONの照射が欠かせないと思う。
ここまで書いて、もう少し公害について触れなければならないと思う。それは科学的、社会的な問題であると同時に、極めて文学的な問題でもあるので〈文武随想〉にふさわしいテーマになるのである。次回か、近い回に述べたい。
(平成二十三年三月二十八日)