坪井香譲の文武随想録

時に武術や身体の実践技法に触れ、時に文学や瞑想の思想に触れる。身体の運動や形や力と、詩の微妙な呼吸を対応させる。言葉と想像力と宇宙と体の絶妙な呼応を文と武で追求。本名、繁幸。<たま・スペース>マスター

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 ブログ「文武随想録」の次を書いている最中、地震がきた。──それから十日。(『やわらを入れる』の続きは次回にまわします。)
 言語道断。言葉もない。声を失ったその声の持主でさえ消し去られるかのようだった。呆然。
 TVに出る解説の学者も、練達のアナウンサーでさえ、未曾有の事件の追い打ち、重ね打ちに、語尾が上ずり、吃る者が多い。特に原発の水素爆発の直後がそうだった。人前で話すのが仕事の彼らでさえそうだ。アナウンサーはともかく、通常、人より危険性の知識も多い筈の彼ら学者だからこそ、とも見える。


 津波の悪魔のような打撃、衝撃。いきなり殴られた時に、一瞬、何が生じたか分らぬ。そのあとに、痛い、とか、どこが、とか、倒れた、口惜しい、悲しい、恐い…という感情とイメージとそして言葉がやってくるのに似ている。
 絶したその言葉を、もちろん人の〈身〉を、どう回復するのか?


 TVの放映像にも規制がかかっている。いわばTVはよくも悪くもお化粧をしている。あれだけの死者が出ながら、死体の映像は一切出さない。インタヴューを受ける人たちも、比較的に身なりが整い、髪もそう乱れていない。生の「現実」はもちろん、そんなもんでない。TVがお化粧するのは、ある程度は理解できる。けれど、ここまで生な現実をもろに出さないのか?と、私自身は安全(?)な東京にいるのだから言えるのかもしれないが、そう思われる。文明、文化の表面を飾るとか、「つつしみ」とか、行き過ぎていないだろうか?
 病院の管理に「死」をまかせる、そして「出産」もまかせる。(根には科学技術への信仰がある。)しゃれたレストランでビフテキを楽しみながら、殺される牛の現場は遠ざけておく。そうした傾向があるのではないか。もちろん死者を徒らに晒しものにしない、という慎みのマナーもあるのは承知だが、それが行き過ぎている、と言いたいのだが。それと同じく、多分、原発の凄まじい面を、科学者や政治家にまかせて自らはそこから目を背けて「心にお化粧」をしているのではないか。


 被害や被害者の「全体図」が見えてこない。多くの人ももどかしげな感想。あまりに広域な被害。「全体」が見えてこそ部分部分を比較検討して手が打て始める。 
 原発の実に高度な筈と思われそうな技術の粋が支えている筈のところに、自衛隊、警察、消防の「決死」と「祈り」の全く原初的な思いと行動が鍵を握ること。ここで全体が見えていないつけが、反転して最も生々しく状況を引き出し、見せた。何とも皮肉だ。(全体が見えないときは、ともかくやってみる他ないが。)


 インタヴューで最も印象に残ったもの
 一人の老婦人が、どこまでも広がる廃墟をさまよい歩くようにしている。インタヴュアーが尋ねると息子を捜している、と答えた。息子さんの名は、と聞く。口ごもるその上品な婦人。TVで名を放送すれば見つかる可能性もある、と気を利かせてだろう、インタヴュアーは重ねて問う… 婦人はやや下を向いて片手で胸を押さえるようにして言葉を絞り出す。
 「もし、名を言ったら。そのまま息子は二度と還ってこないような…気が…して…」
 胸にじっと大切に温めておきたい名と彼の実体が、空気中に音の響きにして名を出すとなくなってしまう…。ここには万葉時代の、また古代から世界各民族にあった、名を知られるとその人の運命は、何かか誰かの手で弄ばされる、という言葉の原点の働き、言霊が、このように生々しく、本能的に生きているのだ、と涙が出る。
 生死の分かれ目に直面して、たとえ、お化粧したTVであっても、人々の言葉はまごうことなく直に、その中心から出てくる。
 日常と異なって中途半端な計算のない「直(ぢか)」なものが人を打つ。
 

 言語は絶する、空前絶後……
 そして、次にたとえば夢魔のようなとか地獄のような衝撃という言葉が出てくる。そして実はそういう今だからこそ、しずかに息を深めたい。想いをこらしたい…… すると、この凄まじい事態の対極にも、つまり喜びや快にも、言語を絶する、空前絶後というような形容が成り立つことが想い浮かぶのだ。
 今のこの悪夢のような、廃墟や荒廃の中から、じっとそのような、まだまったくあらわれてはいない「喜び」や「光」になってゆく芽や兆しを少しでも見つけたい。祈りと願いと念いと望みの合わさったもの。被災者の人々もそのように芽や光を見出されることを祈念する。今はそれしかないし、それとともに、具体的にも何かできることを私としてやってゆく他ない。今、この時点ではそう思っている。
                         (平成二十三年三月二十二日)